BeMe 私らしく毎日新聞 2026/3/1 16:00(最終更新 3/1 16:00) 有料記事 2995文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷陸上の日本選手権女子100メートル障害決勝を終え、記念撮影に応じる寺田明日香選手(中央)ら=国立競技場で2025年7月6日、藤井達也撮影 陸上女子100メートル障害の元日本記録保持者で、昨季限りで第一線を退いた寺田明日香さん(36)は結婚、出産を経て競技に戻った。 それは女性アスリートが結婚、出産を経て当たり前に競技復帰できるようにするための挑戦でもあった。 周囲から「ママアスリート」と呼ばれて注目される一方で、競技復帰の否定的な声にも触れた。それでもあえてその「肩書」と向き合って芽生えた思いがある。疑問だったかつての風潮 トップ選手として最後のレースは、2025年10月に滋賀県で行われた国民スポーツ大会だった。今は競技主体の生活から離れ、長女の果緒(かお)さん(11)と過ごす時間はより濃密になった。 「『何曜日は何時から何時まで練習』という決まったサイクルで生きていたけど、空いている時間に娘の用事を入れるようになりました。自宅で一緒に家事をしたり、塾の宿題に取りかかったり、これまでもコミュニケーションはとっていたけど、さらにいろいろな話をするようになったかなって思います」 結婚、出産を経て競技の第一線に戻り、活躍する女性アスリートは多いとは言えない。育児との両立の難しさや、一度落ちた体力をトップレベルまで戻すことは簡単ではないからだ。 寺田さんも試行錯誤の日々だった。 10代から女子100メートル障害で国内トップに君臨したが、けがや摂食障害に悩まされ、13年に23歳で一度現役を退いた。 支えになったのが家族の存在だ。 夫でマネジャーの佐藤峻一さん(42)と14年に結婚し、その年には果緒さんが生まれた。夫と家事を分担するなど育児の傍らで早稲田大の通信課程で幼児体育を研究した。 新たな家族の存在と向学心が、不安定だった気持ちを自然と落ち着かせた。すると、競技に復帰したい思いが募るようになった。 16年に復帰した舞台は、7人制ラグビーだった。同じ年のリオデジャネイロ大会からオリンピックで採用された競技で、リオ五輪での女子日本代表の奮闘に触発された。 18年末には東京五輪出場を目指して陸上に復帰。育児をしながら競技を続けることを目指した。 「私が高校生だった頃は『体育会系の部活動に入っていたら恋愛ができない』『結婚は競技を引退してからするもの』という風潮がまだあったように感じます。それが疑問でした」 寺田さんにとって家族と競技はてんびんにかけるものではない。共にかけがえのないものだからだ。思いがけない経験も 思いがけない経験もした。長女の生後間もない、7人制ラグビーに挑戦した頃だ。 SNSで「母親なのに、小さい子を置いて自分のやり…この記事は有料記事です。残り1931文字(全文2995文字)【前の記事】「才能は殺せない」 巨匠の陰に隠れた女性たち、残した名曲照らす光関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>