毎日新聞 2026/2/25 11:30(最終更新 2/25 11:30) 有料記事 2876文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷焼きたてのパンを取り出す沖朋奈さん=東京都内で2026年1月8日午後3時59分、山崎明子撮影 北米の航空大手、エア・カナダの国際線キャビンアテンダント(CA)だった沖朋奈さん(55)は、5年前、世界的に大流行した新型コロナウイルス禍で、一時解雇を言い渡された。 「もう空に戻れないかもしれない」 先々への不安が募る中、手探りで探し当てた第2の職場は東京にある自宅のキッチンだった。子どもたちの独創性に寄り添って 「今日はめんたい餅チーズだよ」 都心も冷え込んだ今年冬の午後、沖さん宅の玄関では、パン作りのレッスンに訪れた小学5年生男児と母親のじゃれあうような声が響いた。 この日の講座は生米から作るこねないパンだ。 沖さんはレシピを説明すると水に浸しておいた生米をミキサーでかくはんして液状にし、ボウルに移してつなぎ材料などを加え、パンの生地にしていく。 「ここからは僕の出番!」 男児はパン生地を小分けにすると、具材の明太子と餅、チーズを包み込み、工夫を凝らして成形を楽しんだ。 時折、生地の大きさが均等になるように、などと沖さんがポイントを説明する。 しばしの発酵タイムの後はオーブンで最後の焼き上げへ。イースト菌や炊ける米の香りがふんわりと部屋を満たす。 焼きたてのパンをほお張ると、親子も沖さんも笑顔でいっぱいになった。北米にあこがれた青春時代 背筋がピンと伸びた沖さんの立ち姿は、22年勤めたエア・カナダのCAのころのままだ。 出身は神奈川県。なぜカナダに? そう尋ねると、「実はアメリカにずっとあこがれていたんです」と答えが返ってきた。 1980年代、大ヒットした青春映画の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「フットルース」を見て胸を躍らせた。 留学のために渡米し、一度は日本で就職したものの、アメリカに戻りたい気持ちを捨てられなかった。ところが就労ビザの壁を越えられなかった。 そこで「北米」のカナダにワーキングホリデーの制度を活用して渡った。 移住後、出会ったカナダ人男性と26歳で結婚した。 「若かったんです」 沖さんは振り返る。 「好きな人と結婚して、カナダで暮らすなんてすてきだわ、って」 その後、エア・カナダにCAとして勤める友人の誘いを受けて入社した。 離れてみると日本の良さが見え、茶道や華道、着付けなども徹底的に身につけた。 カナダに居住の拠点を置きながらも、世界中を飛び回って仕事し、両親が住む東京にも度々戻った。 そうするうち、夫婦の間に溝ができ、32歳で結婚生活に終止符を打った。 独身に戻り、CAの仕事に没頭した。 パン作りに興味を持ったのはそのころだ。 フライトで降り立った訪問先で多様なパンを口にして奥深さを知った。 ところがカナダでは気に入ったパン屋に出会うことが少なかったため、自作することにした。 好みを挙げるなら、ハード系のパンがいい。ナッツやドライフルーツが入った歯ごたえのある種類。友人から天然酵母を分けてもらうと、工程に夢中になった。手間のかかるパンほど面白みを感じた。 発酵段階では生地が赤ちゃんの肌のようにふんわりと柔らかく膨らみ、指で触ると癒やされた。オーブンに入れると一気にぶわーっと膨らむのを見ると、料理しているのではなく、「育てている」気分になった。 <後半で読める主な内容> ・不安を取り除いた一言 ・学び直しの場で自問したこと ・手放すことで新たに得られたものコロナ禍で見つけた自分のやりたいこと このまま定年まで働くのかな――。 そう思っていたさなかのコロナ禍だった…この記事は有料記事です。残り1450文字(全文2876文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>